現代は、ホラー漫画隆盛の時代である。
2016年には、マンガ文化研究家である米沢嘉博による、初の本格的な怪奇マンガの通史である『戦後怪奇マンガ史』(鉄人社)やマンガ評論家であり編集者でもある川勝徳重によるアンソロジー『現代マンガ選集7 恐怖と奇想』(ちくま書房)などが発行されるなど、怪奇漫画というジャンルの学術的な価値も再評価され始めている。
そんな現代ホラー作家の中でも近年注目を集めているのが、うぐいす祥子(ひよどり祥子)である。
もともと同人作家として活動していた氏は2003年にデビューして以来、ホラー専門誌「ホラーM」にて短編を発表した。その後、2011年から連載開始した『死人の声を聞くがよい』で現代怪奇漫画家として地位を確立した。
2020年現在は、講談社の「少年マガジンR」誌にて『ときめきのいけにえ』という恋愛ホラーを連載している。
今回は、彼女の経歴を最初に紹介したのち、作品のいくつかを紹介していきたいと思う。
うぐいす祥子の来歴
長崎県出身。大学卒業後、古本屋で買った『ワイルド7』に衝撃を受けて漫画家を志す。でも、なぜかデビュー作は恋愛4コマ。ホラー漫画誌『ホラーM』で活動後、単行本『闇夜に遊ぶな子供たち』『フロイトシュテインの双子』を発表。2011年より、ひよどり祥子名義でチャンピオンRED(秋田書店)にて『死人の声をきくがよい』を連載する。好きな映画は『スパイダー・ベイビー』。(『悪い夢のそのさき…』より)
雑誌『幽』に掲載された押切蓮介との対談によると、うぐいすはホラー好きになったきっかけを、幼少期に身近にある怖いものに触れた経験にあると述べている。また、楳図かずおや好美のぼるなどの影響を受けたと発言している(『幽』30号、p88)。
ホラー作家には、自分自身の鬱屈した経験を基に作品作りをするタイプと他作品にインスピレーションを受けて自信の作品作りに生かすタイプがいるように思われる。インタビューなどを見るにうぐいすは、明らかに後者の作家だといえよう。
そのことを端的に示すのが、彼女の作品の題材の豊富さだ。代表作である『死人の声をきくがよい』は、1話完結ものではあるのだが、1巻だけ見ても孤島のカルト、河童のミイラ、廃墟の遊園地、隙間家族、孤島の洋館——などと、どこかで見たことあるようなテーマが多い。実際、それらは古今東西の様々なホラー作品ですでに扱われたことのあるものばかりだ。
それでも意外性を感じさせられてしまうのは、ストーリー展開の巧さ、“グロい”コマの見せ方、キャラクターの死にざまの豊かさ(ぽっと出のキャラクターは基本死にます)など、「見せ方」がうまいからだ。
絵のタッチ自体は、アナログで制作していることもあり一見すると古さも感じられるが、うぐいすの大胆なアレンジによってモダンな雰囲気に高められていると言えるだろう。
うぐいすはホラー映画好きを公言しており、作品にもその影響が散見される。有名なところでは、カルト映画監督ルチオ・フルチの『ビヨンド』の有名なジャケット絵をリスペクトしたシーンや『バーニング』のハサミ男のオマージュであろう怪人などがあげられる。
このように、過去のホラー作品へのリスペクトも欠かさないところが、多くのホラーファンに親しまれる要因でもあるのだろう。
なお、同人出身の作家の多くはそうだろうが、うぐいすの同人時代の作品は部数も限られているうえ電子化もされていないため、中古書界隈では驚くほどの値段で取引されている(最近だと、20,000円にて販売されていた)。
そのうちの一冊である『ふたりのひみつきち』は、ホラー漫画収集家でありアマチュアの編集者でもある緑の五寸釘氏が、「歴代のホラー漫画で10本の指に入る超傑作短編集」と称賛する作品なのではあるのだが…。
うぐいす祥子「ふたりのひみつきち」は歴代のホラー漫画で10本の指に入る超傑作短編集であり、加えて少部数の同人誌なので、この値段でも致し方ないのだ。収録作品は電子書籍で読めるが、やはり紙の本は格別。撫で回すことの出来る幸せよ。 pic.twitter.com/kN2pSs1z4i
— 緑の五寸釘 (@TORAUMAHELLO) October 30, 2020
同作品が紙で読めるのは、まだだいぶ先のことになりそうである。
前編では、現代ホラー漫画の第一人者であるうぐいす祥子の概要を紹介した。後編では、具体的な作品を紹介しながらその良さを知っていただければと考えている。
(注1):『死人の声を聞くがよい』では「ひよどり祥子」、それ以外の作品では「うぐいす祥子」のペンネームを使用している。
参考文献
うぐいす祥子『悪い夢のそのさき…』ホーム社、2018年
朝宮運河「うぐいす祥子(ひよどり祥子)×押切蓮介 平成デビュー二人が語る怪談漫画」、三宅信哉編『幽』(30)、pp.86-9、KADOKAWA
川勝徳重「解説」、川勝徳重編『現代マンガ選集 恐怖と奇想』筑摩書房、2020年